ブログなんかめんどくせえよ

低山ウルトラライト登山/トレッキング/ハイキング専門です。なので装備や道具[ギアグッズ]のレビューは偏っています。防災を兼ねたアウトドア系サバイバルグッズやデジタル関係、モバイルバッテリー・ミリタリー系も大好物です。最近はBluetooth中華イヤホンや防水スピーカーもです。PS4とXboxOneはFPS系が多いです。

三陸海岸大津波 3.11に想う。吉村昭著


I say love it is a flower
私は愛は花だと思う

And you its only seed
そしてあなたはその唯一の種


The Rose


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2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒に決して忘れることのできない東日本大震災が発生しました。
あれからちょうど5年が経過しましたが、あの日のことをいまでも思い出します。

僕は関東に住んでいますが、かつての大地震である関東大震災の震源地の近くに住んでいるため、子どもの頃よりよく祖父より「あの日」の話しを聞かされて育ちました。
その話しは子供心に恐ろしい思いで聞いていたことをいまはもう懐かしく思い返します。そういった経験がサバイバルグッズを集めたりという僕自身の趣向に何らかの影響を与えている一面が無いとも言えません。

いまでもよく覚えているのが、「地盤」の話しです。

祖父は僕にこう言いました。

「あの地区は地盤が緩いので壊滅した。たぶんいま新しい家がたくさん建っているが、次に同じような地震が来たら危ないよ」と。
もちろん当時とは建築技術が違いますから、当時のような大きな被害はないかも知れませんが、それでも地震の実際の揺れ方は「地盤に大きく依拠する」というのは事実だと思います。

祖父は僕に近所の新興住宅地の名前を出して説明してくれましたが、いまでは多くの人が引っ越してきているので古い人の経験など例え語ったとしても、既に新しい地で生活を始めてしまった人に、ではどうしろというのかといえば、もうどうにもしようがありません。

時が経ち、新しい人の流れができ、そうやって過去の経験が押し流されてしまっていくのです。

東日本大地震の被災地も、あの地域一帯が過去から断続的に「津波」に襲われていたことは後から知りましたが、東電のいうような「想定外」などの事象では無かったことは既に明白なことです。


僕は「あの日」ちょうどいつも通りに雑然とした机に向かい、仕事でコンピュータの前に座り、マウスを必死で操作していました。
夕方までにクライアントに納めなければならない仕事があったので、その修正作業をしていたのでした。

僕はいつも仕事の時に「Suono Dolce」というインターネットのラブソングステーションを流しているのですが、ちょうどその時もラジオから流れるラブソングに耳を傾けながら画面を眺めていたときに、あの地震が発生したのでした。
ちょうどこちらでは深度5弱を観測したのですが、ちょっと大きくて長いな、程度の認識しか持ち合わせていませんでした。

職場の立て掛けてあった部材などは幾つか倒れましたが、何しろウチの事務所にはテレビなどありませんでしたし、PCから流れてくるインターネットラジオは相変わらず甘いラブソングを流していたのでした。

事態が大きく変わったのは、ちょうどビルの隣の部屋に入る別な会社の社長が血相を変えて飛び込んできて、大声でこう叫びました。
「テレビは見たか!!」
「いや、ウチの事務所にテレビはありませんよ」
と僕は答えました。

「なにやってるんだ。すぐにウチの事務所に来い」といわれて、社長室に通されてそこから流れてくるテレビの津波の映像を見たときでも、僕は何か別な世界のように現実感が無かったことを覚えています。

「これ、どこの国ですか?」

と間の抜けた質問をしたのを思い返します。

「東北だ、津波が起こっている」と、返されましたが、しばらく絶句してテレビの画面を凝視してしまいました。

恥ずかしいことに、それまで僕は「津波」というモノがこれほどの威力を持ち、これほど恐ろしいモノだという認識はありませんでした。

現実が日常を打ち砕いて遙か彼方に押し流し、手の届かない遠いところにおしやってしまうことも実感として持ち合わせていませんでした。

その後起こったことは皆さんがよくご存じのことで、それはいくつかの町をのみこんでしまい、多数の死傷者を出し、多くの人にショックをあたえました。

でも僕は声を大にしていいたいのです。

もし、これから紹介する「本」を皆さんが目を通していたら、あれほどの津波による被害者は出さずに済んだのでは無いか、ということです。

東電が「想定外」を連発するような津波というアンリアルな事態が、実は何のことは無く、単なる東北のリアルに過ぎなかった事がよく分かるのです。

僕は吉村昭の「三陸海岸大津波」というノンフィクションを読んで、この本をもし中学生くらいで読書が必修の本に指定されていたら、たぶん大きく被害は軽減していたのでは無いかとも思ったりします。

もともと東北の三陸一帯は「津波の巣」であり、近年でも明治29年の明治三陸地震、昭和8年の昭和三陸地震と大きな被害に見舞われています。
明治三陸地震の時は死者不明者22000人、昭和三陸地震の死者不明者は3000人です。

2011年の東日本大震災の死者行方不明者数は約16000人なので、死者不明者数だけでいえば明治29年の明治三陸地震の方が被害が大きいわけです。

三陸海岸大津波という本が上梓されたのは1970年(昭和45年)ですが、著者の丹念な取材により、津波の最後の生き残りを訪ね歩いて丹念に証言を拾っていきます。

おそらくタイミング的に「最後のチャンス」だったろうと思われますが、これだけ詳細かつ決定的な書物が出ている以上、正直に書けば「知らなかった」では済まされないことだと思うのです。

これは絶対に忘れてはいけないことです。

今後も、三陸一帯は津波の巣で有り続けるでしょうし、南海トラフなども今後起こるとすれば更に巨大な被害も想定されています。

関東大震災の時も熱海には12メートルの津波が押し寄せたと聞きます。

ですから、この日本では「津波」はリアルな日常だと云う事を知っておく必要があると思うのです。

少なくとも僕はこの本を読んで東電のいう「想定外」という言葉に大きく違和感を覚えます。
この本は、子どもたちにも読ませるべきだと思うのです。

僕は二度ほど被災地を訪れていますが、悲劇の大川小学校を見たときに思いました。
もし、先生達が「三陸大津波」を読んでいたら、その知識があったとしたら、もっと素早く確実に避難していただろうと思うのです。
津波に対する知識が無い状態で「想像力を働かせる」事など不可能だと思うのです。

だから誰も責めることはできず、知識を持って立ち向かう以外にはないのです。

あなたが「知識」を持てば、もしかしたら「その時」誰かに手をさしのべることができるかもしれないのですから・・・・

追記
Suono Dolceなどのインターネットラジオも、東日本大震災以降、緊急時は放送が切り替わるようになりましたが、あのときはそういった規則が定められていなかったため、普通にラブソングが流れていました。
もしかすると被災地であの放送をいつまでも聞いていた方もいるかも知れません。




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【レビュー】ワセダ三畳青春記 髙野秀行著 ノンフィクションの傑作

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今回は珍しいことに「本」の紹介です。
髙野秀行の著作なのですが、登山を行う人には「僻地冒険家」として名前が知れ渡っているでしょうから特に改めて紹介することもないかも知れません。

その僻地冒険家でもある髙野の早稲田大学の青春時代を綴った著作がこちらのワセダ三畳青春記になります。

僕は本も好きでよく読むのですが、最近はすっかりIpadのKindleアプリを使用することが多くなりました。
昔から本屋には大変お世話になったのですが、時代の流れとはかくも厳しい物で、昨今本屋が往事の半分以下にまで減少してしまいました。

僕もここ1.2年でいえば紙の本は数えるほどしか購入していません。出版社によりKindle版が発売されない物があるのでその時のみ紙の本を注文したりしています。

僕が電子書籍に移行を始めたのは最初期からで当時話題になったアマゾンのKindleインターナショナル版をいち早く個人輸入で手に入れてから今は無きSONYのリーダーも使ってきました。
いまではSONYの電子書籍リーダーについては語ることも気分が悪いのですが、Kindleは結局インターナショナル版を2世代にわたって使用して見切りを付けました。

簡単なことなのですがiPadのKindleアプリですべてすんでしまうからです。
iPadならカラーですし、ページめくりも圧倒的に速く、何よりもストレスがありません。
なのでだいぶ世代が進んだとはいえわざわざモノクロのKindleを購入する気が全くなくなってしまいました。

そう言うわけで今回もまたKindle版の「ワセダ三畳青春記」を購入してみたのでした。
著者の本は既に数冊読んでいましたが、特に感銘を受けることもなく、以前紹介した早稲田大学探検部の後輩である作家、角幡唯介の方が個人的には好みでしたが、髙野という著者の青春時代という背景に惹かれて購入してみたのでした。

BOOKデータベースより「概要」を引用します。
>三畳一間、家賃月1万2千円。ワセダのぼろアパート野々村荘に入居した私はケッタイ極まる住人たちと、アイドル性豊かな大家のおばちゃに翻弄される。一方、私も探検部の仲間と幻覚植物の人体実験をしたり、三味線屋台でひと儲けを企んだり。金と欲のバブル時代も、不況と失望の九〇年代にも気づかず、能天気な日々を過ごしたバカ者たちのおかしくて、ちょっと切ない青春物語。


こうしてあらすじを見てみると、どうして「貧しい青春時代」という物語に惹かれてしまうのだろうと考えるのですが、著者の体当たりともいうべき取材姿勢と絡まって、ひととき過ごす日本の野々村荘での抱腹絶倒の日々がとてもおもしろいのです。
著者は早稲田大学というエリート校在校ですが、あまりのデタラメさに衝撃を受けます。
海外に訳の分からぬ生物を求めて探検に行き、帰ってくると奇人の巣窟である野々村荘で日がな一日ブラブラする。

この本はそういう本です。

特に後半は少しだれますが、一気に読ませる「貧乏青春記」でもあります。

元々評価の高い本ですが、これは久々に何度も繰り返して読んでしまった本でした。

著者の面白おかしい青春時代を記した本とはいえ、何かこう藤子不二雄の「まんが道」を読了したときのような不思議な感動があるのです。

今の日本で若者がこう言った青春時代を過ごすことは多くないと思われますが、それでもやはり確かに「つい最近まで」もしかすると「今でもなお」こう言った気骨のある若者が都市の一角に潜んで機を伺っていると思うのは楽しい想像です。

ちなみにこの物語の舞台となる「野々村荘」はいまもまだ早稲田界隈にあるそうです。
詳細な場所は伏せられていますが、著者の最近の話題によると2009年に再度野々村荘の部屋を賃貸したそうです。

物語の後半でも既に野々村荘が以前とは違い徐々に変わっていく姿が描かれていますが、そんな経過の中で野々村荘での奇跡の一瞬を通り過ぎていく様は、多くの人が渇望し憧れながらも体験することもない世界を垣間見せてくれると云う意味では一読をぜひにとオススメしておきます。



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