ブログなんかめんどくせえよ

低山ウルトラライト登山/トレッキング/ハイキング専門です。なので装備や道具[ギアグッズ]のレビューは偏っています。防災を兼ねたアウトドア系サバイバルグッズやデジタル関係、モバイルバッテリー・ミリタリー系も大好物です。最近はBluetooth中華イヤホンや防水スピーカーもです。PS4とXboxOneはFPS系が多いです。
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ホラー映画を簡単に体験できる方法 ヤマビル登山編

ホラー映画を簡単に体験できます。

関東の方なら、特に簡単です。
ただし、ものすごく恐ろしいので単独ではオススメしません。必ず二人以上で、実行してください。

場所は、丹沢山系。辺室山、三峰山、高畑山、仏果山、焼山などなど。できる限り、宮ヶ瀬湖に近いところがいいです。
季節は、3月から11月くらいまでで、特に6-8月の雨上がり、もしくは小雨などが降っているときは絶好の時期です。
数百のヒルが襲いかかってきます。とても人間が足を踏み入れる様な場所ではありません。

正に西洋のホラー映画そのもので、映画を実体験でトレースすることができます。


 





ここからは僕の実体験です。

2年前の7月のとある日、僕は彼女と丹沢の三峰山にウルトラライトハイキングをするつもりで出かけました。

大山の周辺の山ですが、手前の鐘が嶽などにも前年の冬に登っていましたので、途中までの工程は一緒でした。しかも標高934メートルと手頃な高さで、登りがいもあるような気がしました。

駐車場から、登山口までの林道歩きが、2キロほどと長いので少し疲れますが、いったん登山口にとりついてしまえば、山頂までの距離もまたそれほどなく、適度にアスレチック系のおもしろそうな山に思えたのです。

その為、当日を楽しみに三峰山登山を計画しました。

登山口に行き着くまでの間、祝日にもかかわらず、人が全く居ないため、なんかおかしいなと言う感じはありました。
しかし、大山や鍋割山のようなメジャールートとはとても言えないようなマイナーな山なので、特に気にすることもなく、静かな林道歩きを満喫しながら、心の中では、ラッキーくらいにしか思わず、微風の吹く夏の林道をゆっくりとおしゃべりしながら、進んでいきました。

そして、林道の終点にある廃キャンプ場跡地につき、トイレを済ませ、登山口にある警告の書かれた古い木製の看板を過ぎ、コンクリート舗装の道路からやっと山道らしくなったところを進んでいくと、その先には、軽い鎖場がいくつかあり、軽い緊張感と共になかなか変化に富んだ山だなと、感心していました。

更に、数百メートルほど進んだとき、そのときは唐突にやってきました。


「きゃああああああーーーー」


突然、彼女の悲鳴が、狭い樹林地帯の山間に響き渡りました。広沢寺から歩き、廃キャンプ跡地の登山口から400メートルほど奥まった場所で、いくつかの鎖場を抜け、ちょうど小さな木橋の上で枯れ葉をどけてリュックを下ろし休憩しているところでした。

突然彼女が悲鳴を上げ、立ち上がり叫んでいます。

「ヒル、ヒル、ヒル」と、僕はとっさに彼女の足下を見ました。

それは、今まで見たことのない光景でした。

彼女の足には、既に数十匹のヒルがとりつき、いままさに靴と靴下の隙間から入り込もうとしているところでした。

「落ち着け。落ち着け」声をかけながら駆け寄り、とにかく彼女の足にとりついている無数のヒルをはたいたり、つまんだりして取り除きました。その最中、ふと自分の足を見ると、何十匹ものヒルが、やはり靴と靴下の隙間からモゾモゾと入り込もうとしています。

「あぁぁぁぁっ。ヒルが、ヒルが」

ですが、ぶるぶる震えている彼女の足にとりついているヒルを取り除く方が優先です。僕も自分の両足にとつりいて靴の中に入っていくヒルを横目に、必死で彼女の足のヒルを取り除きました。

その最中、ふと周りの地面を見渡すと、もう辺り一面からヒルが立ち上がって、こちらにものすごいスピードで歩み寄ってきています。おそらく数百匹は居たと思います。地面に落ちた枯れ葉がゆらゆらと動いていました。

まるで地面から湧き出てきているようで、恐ろしい光景でした。たぶん、一生忘れることはないでしょう。

「やばい、やばいぞ、逃げろ、逃げるんだ」


もはやその声は絶叫に変わっていました。とりあえず、地面に置いていたリュックを取り上げると、それにも数は少ないですが、ヒルがとりついています。彼女のリュックを取り上げ、ざっと点検してヒルを払い落として渡しました。


「走れ、走るんだ」


登山口までの数百メートルを全力疾走しました。その最中に、ふと、このスピードで移動していれば足には取り付けないな」と思いましたが、その考えは数十歩で打ち砕かれました。

また10匹ほどが新たに靴にとりついて登ってきています。

なぜだ!?

このスピードで走っているのに、どうやってヒルが登ってくるのか訳が分かりませんでした。


「ダメだ、走ってもヒルが靴に付いてる。手で払い落としながら前に進め」と、彼女に声をかけました。

彼女は泣きながら前を走っていました。

元来た道を引き返し、軽い鎖場を超え、廃キャンプ跡地の舗装された林道の終点までたどり着いたとき、安堵感が沸き起こりました。人間の土地に帰ってきたように感じたのです。

ですが、僕の靴の中に消えていった無数のヒルたちのことを思うと、居ても経っても居られません。道路の真ん中で、リュックを放り投げるように下ろすと、まず靴を脱ぎました。


彼女にも同じ事を指示すると、即座に僕は彼女の靴下を脱がせ、先ほど取りきれなかったヒルを靴下から払い落としました。
幸いなことに彼女は用心深いので、ストッキングを着用していたため、吸血被害には遭いませんでした。タイツではダメですが、ストッキングの細かな編み目が邪魔して、ヒルの口が皮膚まで届かないのです。

ストッキングのおかげで、彼女の被害は1カ所で済みました。ストッキングのすぐ上の腰部分にまるまると太ったヒルがとりついていました。大丈夫、落ち着いてといいながら、僕はそのヒルをタオルではたき落としました。

その後は、僕の足にとりついたヒルを退治しました。
大量のヒルが靴下にとりついていたので、愕然としましたが、恐れていても埒があかず、これを取り除く以外に方法がありません。僕は、一番厚手のトレッキング用の靴下を履いていましたが、ヒルには何の効果もなく、靴下を脱ぐと至る所から出血していました。


とりあえずそこでは一通りざっと点検し、取り除くと、リュックを拾い上げてそのまま100メートルほど移動します。

そこでまたゆっくりとお互いの全身を点検しました。ここで移動しないと、取り払ったヒルが再度とりついてきてしまうからです。

数が数匹程度なら、タバコの火などで何とか始末できますが、この数だと、そんなことはしていられません。それに登山靴で踏みつぶしても死なないのです。

ようやくほっと一息安堵したのは、二度目の点検でヒルを確認できなかったときです。ようやくの安堵感でした。


それにしても、丹沢の山ピル被害は有名ですが、舐めていました。まさかこれほどの数が襲いかかってくるとは夢にも思いませんでした。いままで一匹二匹なら靴にとりつかれたことはあるのですが、そんなレベルではなかったです。もちろん、ヤマビル忌避剤など一切効果がありません。あんな物は気休めです。

というわけで、ホラー映画を実体験してしまいました。
ホラー映画ファンの方がいれば、ぜひ、行かれてみてください。ただし、生半可な覚悟では無理かと・・・

あと、行きに撮った以外の写真はありません。残念ながら写真を撮る余裕はどこにもなかったです・・・・

なんちゃってウルトラライト登山の始め方


三年ほど前のある日、17年来の友人の女の子から電話がかかってきた。

「あんた、山登らない?」
「えっ!登る気はないけど、一応、登るよ」

友人の女の子は二人組、突然、山に登りたくなったそうだ。おそらく、流行りの山ガールとかを雑誌で見たんだろうな。
 

 
その時は定番の高尾山で決まった。

みんな体力に自身がないので、とりあえずロープウェイがあるところ、な
おかつ遭難とは無縁のところ。

とりあえず、みんな普段着で集合した。高尾山に登るとわかるが、とてもとても登山とはいえない。ハイキングとも違う気がする。ピクニックだね



 


高尾山の頂上で意気投合して、更にもっと本格的に登ってみようということになった。

「じゃあ、神奈川の大山でいいんじゃない?地元の小学生も登るようなゆるい山だよ。俺達でも行ける」

それが間違いの元だった。

小学生の頃の有り余る体力と楽しい思い出の中で美化された「軽く登れる山」という印象は、30年以上が経過したいまでは全く印象が違うことに思いが至らなかった。

だが、大山登山に向けて、みんなそれぞれの山道具を思い思いに揃えだした。リュックとか靴とか、季節が12月なので、ガッチリもこもこのフリース、それに安いがとても重いレインウェア。遭難に備えた各種装備、ファーストエイドキットなどなど。気分はもう大人の遠足である。

どうせ気軽に登れると踏んでいたので、ロープウェイで下社まで上がったあと、わざわざキツイくて距離の長い男坂を登ろうということになった。
これが間違いの元で、登り始めてすぐに分かった。全員が・・

これは地獄だと。

登り始めて30分も経たずに、息は上がり、足は前に出ない。
 



すれ違う人に挨拶されるが、それに答えて挨拶を返す為に声を出すのもだるくなる。大山のようなメジャーな山だとすれ違う人の数も半端ではない。
休憩は頻繁になり、なかなか前に進まない。15分歩いては、5分休憩するような状態が続いた。
はっきり書くと、もう頂上にはいけないのではないかとも思った。

情けないことに体力的には既に限界を突破していて、リュックを背負うことすらつらくなり、肩に引っかけるようにしてヨロヨロと歩いていた。するとベテランぽい方が、「ちゃんと背負いなさい、そんな背負い方では余計に疲れるから」とアドバイスをくれるが、とてもとても聞いていられるような状況ではない。

僕たちは、休憩のたびに座っているのではなく、地面に寝ていた。

通りすがる登山者が心配そうに聞いてくる。

「具合わるいんですか?」と。

結構、傾斜はきつく、雪解けでぬかるんだ道を、とにかく一歩一歩進んでは休み、進んでは休み、延々と繰り返し続け、もう無理かと何度も心をよぎったが、少しずつ頂上の威容が近づいてきて、ついに僕たちはなんとか大山の頂上へ到着した。そのときはもう歓喜の嵐。
 


標高は1245メートル。頂上には雪が残る。

空いているベンチを見つけ、コンビニで購入したおにぎりで食事をしていると、それまで長袖腕まくりでいたのに、突然、寒くて寒くてたまらない。気温はおそらく0度付近ではなかったかと思う。風が吹いていたので、体感温度はもっと低かったかもしれない。

行動中と休憩の温度差が凄い。これには参った。

それまでリュックに入れていた持っているものを、すべて着込んで対応した。
食事は、スノーピークの小型ガスストーブで作ったフリーズドライの味噌汁のおいしかったこと。

帰りは、行きの地獄が嘘のように楽だった。

着込んでいるのでリュックの中は空に近くなり、足取りも軽やかと言いたいところだが、足はすでに悲鳴をあげていて、下山中に何度も転びかけた。一度などは、自分の足にもつれて転び掛け、額から大きな岩に当たっていくところだった。
 
 


とにかく、帰りは休憩もそこそこに、下山を急いだ。
行きに時間を使ってしまっているので、帰りに残された時間は多くはない。

冬の日没である16時30分までになんとかギリギリ間に合って、下山後、下界の伊勢原駅前にあるファミレスに入り、反省会をしたが、その時、荷物が重すぎることで意見が一致した。

しかも、女の子のリュックはかわいさ優先とやらでとにかく小さいので、脱いだ服がリュックに入らず、それは僕のリュックに入れるしかなかった為、とにかく絶望的に僕のリュックは重かった。
もちろん、最初に「あんたのリュック大きいんだから、あたしたちの服も入れて!」とお願いされたときは、断った。
断ったが、無駄だった。

僕の荷物も入れれば、背負った荷物は10キロを超えていたと思う。いまなら、いくら冬とはいえ日帰りの登山でこの重量はあり得ない・・

しかも、服が登山用ではなく、ユニクロとかナイキとかアディダスなので余計に重い。いまならモンベルのプラズマダウンジャケット125グラムで済むところを、当時は、アディダスのフリース、800グラムとかなので当たり前だが。

知らなかったとはいえ、持って行った雨具とかフリースは重すぎた。また、余計な物を持ちすぎていた。

女の子たちは、おしゃれなチャムスとかでキャッキャッしていたが、実用性は、ないに等しかった・・・。

大山頂上で、女の子の一人が、チャムスのおしゃれでカラフルな指ぬきグローブを嵌めて「寒い、寒い、こんなんじゃダメだ。凍傷になる」と呟いていたのが、忘れられない。

根本的に装備をなんとかせねば・・
普段デスクワークの僕達の体力では、荷物を一グラムでも軽くしないことには、とても今後登山を続けていくことはできない、ということで意見が一致した。。
それが、ウルトラライトなハイキングを目指すきっかけだった。