ブログなんかめんどくせえよ

低山ウルトラライト登山/トレッキング/ハイキング専門です。なので装備や道具[ギアグッズ]のレビューは偏っています。防災を兼ねたアウトドア系サバイバルグッズやデジタル関係、モバイルバッテリー・ミリタリー系も大好物です。最近はBluetooth中華イヤホンや防水スピーカーもです。PS4とXboxOneはFPS系が多いです。
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なんちゃってウルトラライト登山の始め方


三年ほど前のある日、17年来の友人の女の子から電話がかかってきた。

「あんた、山登らない?」
「えっ!登る気はないけど、一応、登るよ」

友人の女の子は二人組、突然、山に登りたくなったそうだ。おそらく、流行りの山ガールとかを雑誌で見たんだろうな。
 

 
その時は定番の高尾山で決まった。

みんな体力に自身がないので、とりあえずロープウェイがあるところ、な
おかつ遭難とは無縁のところ。

とりあえず、みんな普段着で集合した。高尾山に登るとわかるが、とてもとても登山とはいえない。ハイキングとも違う気がする。ピクニックだね



 


高尾山の頂上で意気投合して、更にもっと本格的に登ってみようということになった。

「じゃあ、神奈川の大山でいいんじゃない?地元の小学生も登るようなゆるい山だよ。俺達でも行ける」

それが間違いの元だった。

小学生の頃の有り余る体力と楽しい思い出の中で美化された「軽く登れる山」という印象は、30年以上が経過したいまでは全く印象が違うことに思いが至らなかった。

だが、大山登山に向けて、みんなそれぞれの山道具を思い思いに揃えだした。リュックとか靴とか、季節が12月なので、ガッチリもこもこのフリース、それに安いがとても重いレインウェア。遭難に備えた各種装備、ファーストエイドキットなどなど。気分はもう大人の遠足である。

どうせ気軽に登れると踏んでいたので、ロープウェイで下社まで上がったあと、わざわざキツイくて距離の長い男坂を登ろうということになった。
これが間違いの元で、登り始めてすぐに分かった。全員が・・

これは地獄だと。

登り始めて30分も経たずに、息は上がり、足は前に出ない。
 



すれ違う人に挨拶されるが、それに答えて挨拶を返す為に声を出すのもだるくなる。大山のようなメジャーな山だとすれ違う人の数も半端ではない。
休憩は頻繁になり、なかなか前に進まない。15分歩いては、5分休憩するような状態が続いた。
はっきり書くと、もう頂上にはいけないのではないかとも思った。

情けないことに体力的には既に限界を突破していて、リュックを背負うことすらつらくなり、肩に引っかけるようにしてヨロヨロと歩いていた。するとベテランぽい方が、「ちゃんと背負いなさい、そんな背負い方では余計に疲れるから」とアドバイスをくれるが、とてもとても聞いていられるような状況ではない。

僕たちは、休憩のたびに座っているのではなく、地面に寝ていた。

通りすがる登山者が心配そうに聞いてくる。

「具合わるいんですか?」と。

結構、傾斜はきつく、雪解けでぬかるんだ道を、とにかく一歩一歩進んでは休み、進んでは休み、延々と繰り返し続け、もう無理かと何度も心をよぎったが、少しずつ頂上の威容が近づいてきて、ついに僕たちはなんとか大山の頂上へ到着した。そのときはもう歓喜の嵐。
 


標高は1245メートル。頂上には雪が残る。

空いているベンチを見つけ、コンビニで購入したおにぎりで食事をしていると、それまで長袖腕まくりでいたのに、突然、寒くて寒くてたまらない。気温はおそらく0度付近ではなかったかと思う。風が吹いていたので、体感温度はもっと低かったかもしれない。

行動中と休憩の温度差が凄い。これには参った。

それまでリュックに入れていた持っているものを、すべて着込んで対応した。
食事は、スノーピークの小型ガスストーブで作ったフリーズドライの味噌汁のおいしかったこと。

帰りは、行きの地獄が嘘のように楽だった。

着込んでいるのでリュックの中は空に近くなり、足取りも軽やかと言いたいところだが、足はすでに悲鳴をあげていて、下山中に何度も転びかけた。一度などは、自分の足にもつれて転び掛け、額から大きな岩に当たっていくところだった。
 
 


とにかく、帰りは休憩もそこそこに、下山を急いだ。
行きに時間を使ってしまっているので、帰りに残された時間は多くはない。

冬の日没である16時30分までになんとかギリギリ間に合って、下山後、下界の伊勢原駅前にあるファミレスに入り、反省会をしたが、その時、荷物が重すぎることで意見が一致した。

しかも、女の子のリュックはかわいさ優先とやらでとにかく小さいので、脱いだ服がリュックに入らず、それは僕のリュックに入れるしかなかった為、とにかく絶望的に僕のリュックは重かった。
もちろん、最初に「あんたのリュック大きいんだから、あたしたちの服も入れて!」とお願いされたときは、断った。
断ったが、無駄だった。

僕の荷物も入れれば、背負った荷物は10キロを超えていたと思う。いまなら、いくら冬とはいえ日帰りの登山でこの重量はあり得ない・・

しかも、服が登山用ではなく、ユニクロとかナイキとかアディダスなので余計に重い。いまならモンベルのプラズマダウンジャケット125グラムで済むところを、当時は、アディダスのフリース、800グラムとかなので当たり前だが。

知らなかったとはいえ、持って行った雨具とかフリースは重すぎた。また、余計な物を持ちすぎていた。

女の子たちは、おしゃれなチャムスとかでキャッキャッしていたが、実用性は、ないに等しかった・・・。

大山頂上で、女の子の一人が、チャムスのおしゃれでカラフルな指ぬきグローブを嵌めて「寒い、寒い、こんなんじゃダメだ。凍傷になる」と呟いていたのが、忘れられない。

根本的に装備をなんとかせねば・・
普段デスクワークの僕達の体力では、荷物を一グラムでも軽くしないことには、とても今後登山を続けていくことはできない、ということで意見が一致した。。
それが、ウルトラライトなハイキングを目指すきっかけだった。

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