人生はお金をかき集めるゲームだ

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お金持ちほどコスパにウルサくケチなのはおそらく本当だ。

以前、社命である社長さんが一席ぶつ講演会に付き合いで行かされたことがある。その時の話しは今でも憶えているのだがこの方は県下のある業種でシェア率50%を超える隠れた大物である。資産の額も途方もなく横浜の丘の上の一等地に5億円の新居を建てていた。

ちなみに話しは変わるがお金持ちと結婚したら幸せになれるというのは全くの幻想だ。この方も数多くの愛人を囲っていたが、僕が知るお金持ちというのはほぼ全員があちこちに愛人を囲っていた。自宅にまったく帰らない人も多く、奥さんには毎月決まったお金を渡していたりする。むしろ自宅にキチンと帰ってくるだけマシなくらいだろう。

そんな資産家の社長さんの講演会だが、驚くことに、この方はこの講演会場まで高速を使わずに下道を来たので「今回は300円得をした」という話しをニコニコとしてくる。この方の取り分を時給換算したら目の玉が飛び出るような額になるはずなのだが・・・それを考慮するとたかだか300円削ってもその分失われた時間と等価にすらならないのだが。

そんなことはお構いなしに「みなさんもこれからは下道を使って節約するように」などというバカな話しを延々と続けていらっしゃる。

この方のようにまったく意味がないようなコスト削減でも自ら進んでやろうとする傾向が強いのはポーズが大好きなむしろ資産家の方だと思う。ハリウッドセレブがわざわざプリウスに乗るようなアピールが多分に含まれている。

ある別な方としゃっべっていたら、この方は独身なのだが「オレは毎日夜7時30分になると仕事を抜け出して半額弁当を買いに行く」という話をしていた。返す刀で「君もぜひそうしなさい」という。まっぴらごめんだったがその場では「そうですね、ちょっと時間がないのですが極力そのようにします」返答した。

だいたい隣に都合良くスーパーなどないのでそこに行くまでの時間とガソリン代を考えたらそれほどお得とは僕には思えないのだが、この手の人たちは「お金を使わない」という魅力に取り付かれて本末転倒になっているように見えた。そもそもこの方も高級外車に乗っているのでスーパーまで片道5キロだとするとガソリン代で往復160円以上くらいは使ってしまっていると思うのだが・・・。

お金という物は不思議な物で1回貯め出すと今度はもったいなくて使えなくなる。

ニュースで老人が死後に大金を残していた、などという話を聞くと思うが、こういうのはたいていが「ドケチ病」にかかっていたりお金しか信用できなくなっていたりする典型的な例だろう。こう言う人たちに触れてみればたいていが単なる「守銭奴」でお付き合いなどとても出来るものではない。特にこの病は老境を迎えれば迎えるほど進行してしまうという悪弊がある。

ある意味こう云う人たちは「精神的な乞食」ではあるのだ。

お金というのは大切だが、度を超えてそれを追求したり守ろうとしたとき、その人は単なる乞食となる。ところが目先の現金は持っているため自分が本当は乞食になってしまったと云うことには気がつかないので極めて厄介だと思う。

ここまで書いてきたのはいわゆる大金持ちに近い世界の話しだが、最も厄介なのは「普通の家庭」の世界である。

資産家の場合、見ればたいてい分かるものである。要するに「単なるケチ」というのが目に見えて分かるのだが、そこらにいる精神的乞食のほとんどが「貧しいのかドケチなのか」の判別が付かない。

これが大問題なのである。

よく居る典型的なのが「貯金をするのでお金がない」という不届き者だ。例えば給料が20万だとするとこの乞食は5万円を貯金に回す。すると15万円で一人暮らしというと当然ギリギリの生活にならざるを得ない。

周りを巻き込んで「お金がない攻撃」をするのが通例なのだが、懐の事情など中々真実が分からないのでこの人は精神的な乞食なのか本当に困っているのか見極めが困難だったりする。

ただ云えるのはこう云うのも「精神的乞食」ではある。そもそもこう言うコジキは「受けること」しか興味がないので払うことはしない。

お金を貯めているので(使う)お金がないとのたまわれても意味が分からない。

たいていこの乞食は若いウチに「夢や目標のため」と周りに言うが、お金を貯めている途中で夢や目標は消え失せ、お金を貯めることが最終的な目的にすり替わる。

こういう人が年を取ると更に悪化するので手に負えないドケチの守銭奴としか言えないような精神的乞食が社会に解き放たれてしまう。

しかも若いウチはまだ体の良い言い訳が出来たが、年を取ると誰もそんな目標だの夢だの語っても信じてくれないので、単に「お金がない」と連呼して人々の同情を買ってタダで有形無形のサービスを受けようとする精神的コジキの完全体の誕生である。ピッコロ大魔王並の破壊力がある。

もうこうなると主従が逆転して実際のところは「お金」がその人の精神をのっとり、価値観を決定し、隷従しているとしか思えなくなる。

大切なことなので何度でも言うが年を取ると精神的乞食は悪化するだけで良くなることはほとんどない。僕の見立ではこの病は「不治の病」ではないかとすら思える。

しかもこの手の小物の精神的乞食は「貧乏を偽装する」ので判別がきわめてしにくい。


最後になるが僕が人生で最も衝撃を受けた言葉を話そうと思う。

前述のスーパーに半額弁当を毎日買いに行く方の実話だが、話しの最後にこの方は僕にこう聞いてきた。

「人生ってなんだか分かるか?」

当然僕はそんなたいそうなものは分からないので「いや、ちよっとわかりませんが」と答えると、たいしたドヤ顔でこの世の秘密を初めて喋るように彼は僕にこう教えてくれた。

「人生は1万円札をかき集めるゲームだ。死ぬまでに一番多く1万円札を集めた人が勝ちなんだ」と。

精神的な乞食は救いようがないと確信した瞬間であった。だからこそ僕はTwitterに定期的に次の文言を書き込むことにしている。

「人生は、1万円札を集めるゲームではない」





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